本人のコメントが全くないままに、会長とメディアが「既成事実化」しようとやっきな印象の「オシム・シンドローム」ですが。
オシムの言葉―フィールドの向こうに人生が見える私がオシムの代表監督就任に一縷の望みを託す気持ちになれるのは、この本を読んでいるから・・・。
「私の人生そのものがリスクを冒すスタイルだった」というオシムなら、確かに日本代表の監督を引き受けてくれるのかもしれない。
もしオシムが監督就任を引き受けてくれたのなら、きっと理由はそういうことなんだろうと思う。
現会長体制化の日本代表を取り巻く「サッカーをスポイルする商業主義」とだって、きっとトルシエより理性的に、辛辣に、上手に、戦ってくれるだろう。
ただ。
それでも現失言会長の元で代表監督を引き受けるのはあまりにリスクが高すぎやしませんか。
そもそもオシムが望むような「体制」を、今の協会が提供できるとはとても思えない。
で、その会長。
「私があと2年頑張って後進につなげたい」だって。
あなたが頑張って「何」を後進につなげたいのか、説明して欲しい。
「ヒデは泣いていた。彼は非常に悔しかったと思うけど。今日はそれなりに頑張った。」だって。
当事者の頭目たる人間が、ピッチで散った選手の頑張りに対して「それなり」なんて言葉をつける資格があるんだろうか?
『オシムの言葉』に感銘を受けた?
「ジーコ・イズム」の継承?
選手の判断が中心になるような練習法を取り入れているからジーコの考えを受け継ぐのに最もふさわしい?どうやら私は会長とは違った『オシムの言葉』を読んだらしいです。
(そこまで自分の誤りを認めたくないのか・・・、と。ジーコじゃ駄目だったからオシムにお願いしますと何故言えないのか?)
とにかくもう一刻も早くこの人には「敗戦」の責任をとって会長職を退いてほしいなぁ。
本人にその気がまったくないのは厚顔無恥の一言に尽きます。
国内サッカーに対する影響力、政治力だけは無駄に高いので、権力者の座に居座り続ける算段はついてるんでしょうし。
そんな会長ですから、どうも今回のこの「世紀の失言」の名を借りた「リーク」は、会長のアリバイ作りという気がしてならないのです。
敗戦直後というタイミングも「火消し」には格好ですし、大抵の人はオシムが監督なら文句出ないでしょうから・・・。
頭を下げて(もしくは下げた風にみせかけて)結果的に固辞されたのなら、会長の株はそれほど下がりませんし。
で、最終的にはまた自分の思い通りになりそうな人を監督に据えるんじゃない?(だって「サッカーをスポイルする商業主義」と戦う監督なんて、現会長には一番必要ないタイプでしょうし)
というわけで、まだまだオシムの代表監督就任に関しては思いっきり疑ってかかっているわけデス。
そしてもしそれでもオシムが就任したのなら、彼の「リスクを冒す哲学」に心から感謝します。
本当に心から。